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zoom RSS 小説 デジモンテイマーズ(4)

<<   作成日時 : 2013/05/04 19:22   >>

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 夜。タカトは机に向かって絵を描いていた。
「うん、これでいいや。名前は、ギルモンの進化型だから、ギ……グ……」
 しばらくうなって、名前は決まった。ペンを置き、いすの背もたれにもたれかかる。
 さっきのジェンのことを思い出していた。テリアモンの危機に、自ら戦いに飛び込んだジェン。「カンフーをやってるから」 とジェンは言ったけど、それだけであんな行動を取れるものじゃない。ジェンは、勇敢なんだ。
 それに引き換え、自分はなにもできなかった。ギルモンがやられても、ただジェンに泣きつくだけだった。もし、ジェンもタカトみたいに臆病だったら、今頃ギルモンとは二度と会えなくなってただろう。
(ボクは弱虫だ)
 心がざわめく。弱虫の自分は嫌だ。嫌だけど。
「わっ!」
 後ろにのけぞりすぎ、タカトはいすごと倒れた。

 翌日の放課後。いつものように、ヒロカズたちが声をかけてきた。
「タカト、カードやろうぜ」
「ごめん、そんな気分じゃないんだ」
 答えると、ヒロカズとケンタはいぶかしげな顔をした。
「なんだよ。最近付き合いわりーぞ」
「ちょっと飽きてるんだ、カード」
 だって、ボクは現実のデジモンバトルを経験してるんだから。あれを経験してしまえば、カードゲームなんて、文字通りのお遊びとしか思えない。
 ヒロカズは意地悪く笑った。
「とかいって、俺に勝てないからいやなんだろ」
「そんなんじゃないよ」
「いいっていいって、言わずともわかる。なんならハンデつけてやってもいいぜ。それでも負けるのが怖いか?」
「怖くなんかない! ハンデもいらないよ、やろう」
 挑発だとはわかっていたが、タカトは断れなかった。
 ボクは弱虫じゃないんだから。負けるのが怖いか? なんて言われて、引き下がれるもんか。それに、これはたかがゲームなんだし。
 ジュリがやってきた。
「なに、カードやるの?」
「おう。加藤も見とけよ、俺様の強さを」
「うん、見とく。タカトくんもがんばってね」
 タカトは、ますます負けられなくなった。

「カードゲームが強くたって、実際のデジモンバトルには関係ないよね」
 暗い顔のタカトに、そうかもね、とジェンは微笑んで答えた。
 昨日と同じ、ギルモンホームの前だ。ギルモンとテリアモンは、昨日の戦いなどまるで忘れたかのように、楽しそうに遊んでいる。
「でも、あながちそうとばかりも言い切れない。昨日の女の子、なんか見覚えがあったんで調べてみたんだ」
「え、リーくんの知り合い?」
「そうじゃないよ。ほら、これ」
 ジェンが取り出したのは、タカトも愛読している男の子向け雑誌の1ページだった。なんかの表彰式らしい写真が載っている。
「……よく見えない」
「うん。だから、パソコンに取り込んで拡大してみたんだ。それがこっち」
 その拡大写真を見て、あ、とタカトは声を上げた。表彰台の上につまらなそうな顔で立っているのは、間違いなくこの前の女の子だ。
「名前は牧野留姫。僕らと同じ、小学五年生。デジモンカード大会で何度も優勝してて、デジモンクィーンって呼ばれてる」
「それ知ってる! うちのクラスの友達が言ってた、すごくカードの強い女の子がいるって。それがあの子なんだ」
「とすると、レナモンの強さも、テイマーである彼女の強さと関係があるのかもしれない。わからないけどね」
 タカトは動揺した。だったら、ギルモンがあっさり負けたのは、ボクがカード下手くそだからじゃないか。
「リーくんは、カードもやるんだよね」
「うん、ただ僕はコンピューターゲームばかりで、人間と対戦したことはほとんどないんだ」
「じゃあやろうよ! 2人で強くなれば、ギルモンやテリアモンも強くなるよ!」
「……そうかもね。やろうか」
 ジェンは本物のカードは持ってないということなので、まずは買いに行くことにした。幸い、ここからちょっと歩けば、大きなホビーショップがある。
 その間、ギルモンとテリアモンはここに置いていくことにした。ちょっと心配だったが、どのみちギルモンを連れて行くわけにはいかない。他のデジモンの気配がしたら逃げるように、と言っておいた。

 何事もなく、夕方。
 もうジェンとテリアモンは帰ったが、タカトは少しでもギルモンと一緒にいたいので、まだ中央公園に残っていた。
「タカト、元気出して」
「うん」
 答えつつも、元気は出そうになかった。
 ジェンとのカードバトルは0勝4敗。対人戦の経験がない上、ジェンは今日買ったばかりのカードで戦ったというのに、ヒロカズと同等かそれ以上に強かった。
「テリアモンが進化できたのは、ジェンが強いからかもしれない。ボクは弱いから……」
「タカト……ごめんね。ギルモンが負けちゃったから、タカトも落ち込んでるんでしょ?」
「違うよギルモン! 悪いのはボクだ。ボクさえ強くなれば」
 でも、どうすればいいんだろう。
 自分には勇気もない、カードが強くなれるほど頭もよくない。ジェンは 「練習すれば強くなれるさ」 って言ってくれたけど、ボクだって、もう何十回もカードでは戦ってるんだ。なのにちっとも強くならない。
(……そうだ)
 1つ、突拍子もない案がひらめいた。勇気が必要で、かつカードも強くなれそうな方法。しかも、タカトの胸に引っかかっていた別の問題も、ひょっとしたら解決できるかもしれない。
 勉強用にとジェンが置いていったさっきの雑誌を、タカトは広げた。

 縁側に腰かけ、ルキは夕焼け空を見上げていた。
 さっきまで対ガルゴモン用の戦術案を練っていた。けれど、勝敗はどう考えてもきわどかった。
 この前はお互いカードを使わなかったけど、今度戦ったとして、ジェンという少年がカードを使ってきたらかなり苦しい。対等の条件なら、カード戦で負ける気はルキにはなかったが、なにせ成長期と成熟期の差は大きい。
 それに──自分をにらむジェンと、ギルモンに抱きついて泣いていた男の子の顔が思い出される。なぜか、気分が悪くてしかたない。
 うつむいていると、祖母が廊下を歩いてきた。なんかニヤニヤしている。
「ルキ、お客さんだよ。松田タカトくんっていう男の子」
「松田……?」
 記憶にない。学校は女子校だから、当然クラスメートではない。あと考えられるのは、デジモンカードの大会で対戦した誰かだが、「あいつ」 以外のことなんていちいち覚えてない。そもそも他人に住所を教えたことなどないし。
 とりあえず玄関まで行き、門を開いて、ルキは固まった。
「や、やあ」
 緊張した面持ちの男の子は、紛れもなく、さっき顔をお思い出したばかりの1人だ。今はギルモンを連れていない。
「……なにしに来たの」
「えっと、ちゃんと話したいなあって思って。あと、お願いもあって」
 昨日あんなことがあったというのに、敵意は感じられない。
 それがルキには信じられなかったが、とりあえず家に上げた。こっちにはレナモンがいる。あのギルモンは、隠れてついてこれるようなタイプにも見えない。だったら恐れる必要はなにもない。
 廊下の途中で祖母が待ち構えているのを見て、ルキは眉をしかめた。
「いらっしゃい」
「あ、初めまして」
 ペコリと、タカトは頭を下げる。
 祖母はなにやら言いたげだったが、ルキと目が合うと、「ごゆっくり」などと言って去っていった。
 部屋の障子を開けると、レナモンが立っていた。
 わっ、とタカトはのけぞる。
「怖がらなくても、なにもしないわよ」
「こ、怖がってなんかないよ!」
 むきになるタカトに、ルキはほんの少しだけ、笑った。
 ちゃぶ台を挟んで、向き合って座る。ルキは微塵も視線をそらさないが、タカトのほうは落ち着かない様子であちこち顔を動かしていた。レナモンは壁にもたれかかりながら、そんな2人を無言で見ている。
「なんでうちがわかったの?」
「え? ああ、この雑誌を見たんだ。ルキちゃんの学校が近所だってわかったから、そこに行って聞いたらすぐわかって」
「……なんて聞いたの」
「名前で。あと、髪の毛がこう、バーってなってる女の子知りませんかって」
 髪型を替えようかと、ルキは一瞬思った。
 ひとたびしゃべり出したら調子が出てきたらしく、タカトは少し身を乗り出してきた。
「それで今日来た用事だけどね……ルキちゃん、友だちになろうよ」
 ルキは本気で驚いた。
「あんた、昨日のこと忘れたの? わたしたち、ギルモンを」
 言いかけて、ルキはいやな気分になった。──そう、わたしたちはギルモンを殺そうとしたんだ。
「だからさ。もう二度とあんなの嫌だから、仲良くなりたいんだ」
「……わたしたちには到底かなわないから、手を出さないでくれってわけ」
「そういうことじゃないよ!」
 涙目になられ、ルキはひるんだ。どうもこいつとは話しづらい。
「だって、せっかく同じテイマーなんだから、仲良くなりたいじゃない」
「わたしは別になりたくない」
「ボクはなりたいよ。昨日もあれから、ずっと不思議に思ってたんだ。ルキちゃんも、デジモン好きなんだよね? なのになんであんなことをするのかって」
「……デジモンは戦うための道具なんだから、当たり前じゃない」
「そんなことないよ! だってボクとリーくん、あ、リーくんってのはテリアモンのテイマーのことだけど、ボクたちは昨日までギルモンたちを戦わせたりしなかったよ。一緒にいて遊んでるだけで、すっごく楽しいもん」
「要するに」
 奇妙な苛立ちを覚え、ルキはタカトの言葉を遮った。このまま長々と話していると、タカトのペースに巻き込まれる気がした。
「ギルモンとテリアモンに手を出すなって言うんでしょ。……いいわ、しばらくは休戦しても」
「え、ほんと?」
 ルキはうなずく。
 友だちになる気なんかない。でも、ギルモンはともかく、テリアモンと今再戦しても勝てるかどうかはわからない。だから、レナモンが成熟期に進化する方法を見つけるまでの、あくまで一時的な休戦だ。
 だというのに。
「よかった! じゃあ、これからはこの前会った場所にいつでも来てよ。あそこ、ギルモンホームっていうんだ。ギルモンはいつもあそこにいるし、ボクとリーくんは放課後はあそこに行ってるから」
 ペラペラしゃべるタカトに、ルキは圧倒されていた。ギルモンの居場所を、昨日ボコボコにされた相手にあっさり教えるなんて、どういう神経してるんだろう?
「……用はそれだけ?」
「え? あー、一番大事な用事はこれだけど、もう1つあるんだ。ルキちゃん、ボクにカードバトルのコツを教えてくれないかな」
「なんで」
 ホント、なんで、だ。ルキにはタカトのことが、全く理解できなかった。
「ルキちゃん、デジモンクィーンって呼ばれてるぐらい強いんでしょ。リーくんもかなり強いし。だったらボクもカード強くなれば、ギルモンもレナモンぐらい強くなれたり、テリアモンみたいに進化できるかなあって」
「だから、なんでわたしがあんたに教えなきゃいけないの」
「あ、嫌ならいいんだけど。強い人に教えてもらったほうが、強くなれそうじゃない。それにせっかく友だちになったんだから」
「なってないって……」
 言って、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
 いっそ、お望み通り教えてやろうか、などと思った。なぜだか知らないが、このまま無理矢理追い返すのは、負けな気がする。
 と、いきなり障子が開いた。祖母がおやつを持ってきたのだ。手はお盆でふさがっているので、障子はいつものように、足で開けたのだろう。
 ルキは慌てたが、幸い、レナモンはすでに姿を消していた。
「松田くん、お茶とおせんべいだけど、いいかしら? ケーキがちょうど切れちゃってるの」
「あ、はい、ありがとうございます」
「ごめんなさいね。おせんべいなんて、あんまり好きじゃないでしょうけどね」
「そんなことないです。ボクんちパン屋だから、ケーキよりおせんべいとかのほうが新鮮なんです」
「あらそうなの? だったら今度、松田くんのおうちにパンを買いに行こうかしら」
「まいど! うちは松田ベーカリーっていって、場所は」
「おばあちゃん」
 冷ややかに言うと、あら、と祖母はわざとらしく笑った。
「ごめんごめん、邪魔しちゃって。松田くん、ゆっくりしていってね」
「はい」
 祖母が出ていくと、タカトはせんべいを食べ始めた。本当に嫌いではないらしく、おいしそうに食べている。
「ルキちゃん。カード、教えてくれないかな?」
「……せんべいのカス、床に落とさないでよ」
「あ、ごめん!」
「それとルキちゃんはやめて。ルキ、でいい。今度ちゃん付けで呼んだら蹴り飛ばす」
「う、うん。で、ルキちゃ……ルキ、カード教えてくれない?」
 ルキはため息をついた。
「いいわ、暇だから教えてあげる。まずはあんたの力を見たいから、普通に戦おう」

 いつの間にか、すっかり暗くなっていた。
「今日はありがと、ルキ。またね」
「……じゃあね」
 タカトは駆け足で去っていった。もうすぐ7時だ。早く帰らないと親がうるさいのだろう。
 門を閉め、部屋に戻った。途中で祖母が出てこないかと警戒したが、幸いその気配はなかった。
 ちゃぶ台の上にはカードが散乱したままだ。
「なにやってるんだか」
 つぶやき、片付ける。
 レナモンがどこからともなく現れた。
「あの子、どうだった」
「下手くそ。センスがどうこういう以前に、カードバトルの基本もわかってないんだもん。あれでテイマーだなんて、ふざけてる」
「けれどルキ、熱心に教えていたじゃないか」
「むかついたからよ」
 レナモンはじっと立っている。
「なによ。なんか言いたいことでもあるわけ?」
「私はルキのパートナー、ルキが戦えと言えばどんな相手とでも戦う。しかしできれば、ギルモンとテリアモンとは戦いたくない」
「なんでよ。負けるのが怖いの?」
「そうじゃない。テイマーを見つけたということは、彼らは進化の可能性に近づいたということだからだ。現にテリアモンは進化した」
 カードを片付ける手を止め、レナモンを見上げた。
「デジモンは戦うために生まれてきたんじゃないの?」
「確かに私たちは戦うために生まれてきた。だがそれは、正確に言えば、戦って進化するのが目的なんだ。
 他のデジモンであっても、進化の芽を潰すのは私の望みじゃない。テイマーを得たデジモンは、やがては完全体、究極体にまで進化するかもしれない。その可能性を消したくはないんだ」
「……よくわかんない。自分が強くなれるんなら、他人なんて関係ないじゃん」
 レナモンは答えなかった。無視されたのかと一瞬むかついたが、違った。
「ルキ、デジモンの気配がする」
「ギルモンやテリアモンじゃなくて?」
「ああ。たった今リアライズしたデジモンだ。これは、強い」
 整理したばかりのカードホルダーを手に、ルキは部屋を飛び出した。
 廊下で祖母とすれ違う。
「おばあちゃん、ちょっと出かけてくる!」
「えっ? もう遅いよ!」
「すぐ帰るからー!」
 本当にすぐ帰れるかどうかは、知ったことじゃなかった。

 父の部屋のドアをノックする。
「どうぞ」
 ジェンは部屋に入った。父はいすを回転させて、こちらを向いた。
「ジェンリャか。どうした?」
「お父さん、聞きたいことがあるんだ。デジモンの基礎設計をしたのはお父さんたちだったよね?」
「ああ。人工生命体開発目的でな。まだ母さんと出会う前だから、随分昔のことだ」
 ジェンの父は、『ワイルドバンチ』 という技術者チームの一員だった。中国人の父を始め、日本やアメリカ、インドなど、複数の国の技術者が集まった、当時最高のチームだったらしい。
「デジモンってさ、戦うために生まれてきたの?」
「なんだ、いきなり」
「それだけじゃないんじゃないかって思って。だって戦うためだけだったら、あんなにいろんなデザインはいらないし、食事したりトイレに行ったりなんてプログラムも必要ないよね」
 父は笑った。
「『デジモンは戦うために生まれてきた』 ってのは、カードゲームかなにかのキャッチコピーだろ。あれはデジモンの一面を表現しているだけで、本質とは関係ないさ」
「じゃあ、戦うためだけにいるわけじゃないんだね?」
「ああ。さっき言ったように、デジモンは人工生命体開発をテーマに進めた研究だ。生き物とはなにか? 当時の父さんたちは、生き物とは進化するものだと考えた。そして進化とは、環境に適応するために行うものだ。
 特異な自然環境をプログラムして、その中で人工生命を育てるという手もある。しかしこれでは手間がかかるし、父さんたちが作りたかった人工生命は、動物じゃない。どちらかというと人間に近い、人間とコミュニケーションの取れる生命体を作りたかった。
 人間の特質とはなにか? 他者との関係を持ち、社会を築くことにあると考えた。これと、進化という2つの概念を結びつける方法として、デジモン同士が戦うという解決策を見出したんだ。戦いとはデジモン同士のコミュニケーションの形であり、また生き抜くための進化を促す行為でもある。戦い、進化し続ける中で、デジモン社会に一定の形が生まれるんじゃないかと考えたんだ。
 その次の段階としては、戦い以外の、たとえば食べ物を作ったり芸術を生んだりという、文化的な要素を持たせたいと思っていた。だが残念ながら、そこに達する前に研究は打ち切りになり、父さんたちのチームは解散した。デジモンは、戦い進化するという要素と、そのキャラクター性が残って、現在子供たち向けの商品として生き続けているわけだ」
 父は子供に対しても、大人に対するのと同じように話す。ジェンが歳の割に大人びているのは、この父の影響が大きかった。
「つまりデジモンにとっての戦いは、進化し、コミュニケーションを取るための手段にすぎない。逆に言えば、進化できてコミュニケーションも取れれば、必ずしも戦う必要はないってことだよね」
「ああ。それが達成できれば、当時の父さんたちの研究目標も達成したことになるが。あれから技術は進んだが、まだ人工生命や人工知能を作り出すには時間がかかりそうだな」
「ありがとう。それだけ聞きたかったんだ」
 不思議そうにしている父に一礼し、ジェンは自分の部屋に戻った。
 テリアモンやギルモンは、戦わずとも仲良くできている。あとは、進化に必要ななにかさえわかれば、テリアモンを戦わせずに済ませられるかもしれないんだ。
 そのことを告げようと部屋に入ると、テリアモンは窓ガラスに顔を押し付けていた。ぷにっと膨らんだほおに、ジェンは吹き出す。
「なにやってるのさ、テリアモン」
「ジェン、デジモンが来たよ。結構強そうなのが」
 ジェンの笑みは消えた。
「行こう、ジェン。戦わなきゃ」
「でも……」
「ボクたちデジモンは、戦うために生まれてきたんだってば。だから他のデジモンの存在を感じられるし、強さもなんとなくわかるんだよ」
「それは違う。戦いはあくまで進化するための手段なんだ」
「戦わなきゃ進化できないじゃない」
 返す言葉がなかった。少なくとも現時点では、テリアモンの言葉にこそ説得力がある。
 それに、昨日のレナモンのように、向こうからやってこられたら、どのみち戦わざるを得ない。生き残るためには経験が必要だった。
「……わかったよ。行こう」

 タカトは焦りながら走っていた。
 ルキの家は隣町なので、タカトの家からは結構距離がある。もう門限はとっくに過ぎてるけど、それでもなるべく早く帰らないと、お母さんたちに怒られる。
 新宿中央公園の前にさしかかったところで、タカトは迷った。ギルモンに会っていくか、まっすぐ帰るか。どうせパンを持っていくために後で抜け出すつもりだけど、一言いっておいたほうがギルモンは安心するだろう。
 公園の中に入った。ギルモンと会ってから家に帰ったって、時間的にはたいした違いはないんだから、と。
 もう少しでギルモホームに着くというところで、物音にタカトは振り向いた。
 中央公園からちょっと離れた場所、東京都庁の近くに霧が立ち込めていた。初めてルキと会った時のと同じだ。
 霧の中から巨大な影が飛び出した。都会の明るい夜空に、怪獣のような影が映る。
(デジモン……!)
 タカトは急いでギルモンの所に行った。デジモンが人目に触れたら大騒ぎになる。ギルモンと一緒に会って、隠れるように言わなきゃ。
 ギルモンホームにつき、門を開けた。
「ギルモン! ボクだよ!」
 奥から出てきたギルモンの目つきは、いつものようにのんきそうなものではなかった。猫の目のように瞳孔が狭まっていて、少し怖い。
「タカト、デジモンが近くにいる。身体の中が、シュワシュワワギワギする」
「うん、ボクも見たよ。ともかく行こう、ギルモン」
 ギルモンと共に公園内を走る。この時間ならそれほど人気はない。
 公園を出ると、そいつはすぐそこにいた。
 少なくとも、人目につかないようにするのはもう無理だった。すでに問題のデジモンは霧の外に出てしまっている。
 歩道橋の上に降り立ったそいつは、下を行く車からでも丸見えだろう。もちろん、都庁や他のビルの中から誰かが見ている可能性もある。近くに歩行者がいないのと、そいつの影が夜闇の中でぼんやりとしか見えないのが救いだった。
 デジヴァイスが反応した。そいつのデータが送られてくる。おかげでタカトも、ぼんやりしていたそいつの正体がハッキリとわかった。
「デビドラモン……複眼の悪魔!」
 それがデビドラモンの、公式の異名だった。邪竜型デジモンのデビドラモンは、成長期のギルモンより1ランク上の、成熟期のデジモンだ。しかも、成熟期デジモンの中でもかなり手ごわい。
 デビドラモンの目がこちらに向いた。
 歩道橋の上から、影が飛ぶ。黒い悪魔が迫る光景に、タカトは震え、後ずさった。
 ギルモンは逆に前に出る。
「タカト、ギルモン戦う!」
「だ、だめだよ! まずは話が通じるかどうか……」
 言いつつ、無理だろうとは思っていた。なにせ相手は『複眼の悪魔』だ。
 自分の本心はわかっている。怖いんだ、ギルモンだけで戦うのが。昨日と違って、ここにはジェンもテリアモンもいない。しかもデビドラモンは、レナモンより強そうだし。
 でも、多分逃げられないともわかっていた。できれば逃げたくもなかった。弱虫の自分は嫌だって、散々思ってきたのだから。
 それに今のタカトには、ルキから聞いたばかりの技があった。デジヴァイスにカードを読み込ませることで、デジモンの能力を上げることができる。これはゲームだけじゃなく、現実のデジモンバトルでも有効だとルキは言っていた。
 息を呑み、タカトはデジヴァイスを掲げ、カードを1枚取り出した。
「カードスラッシュ! 高速プラグインB!」
 アニメのデジモンテイマーのマネをしてみると、ビックリするほど気持ちよく、勇気が湧いてきた。
 デジヴァイスのエネルギーが、ギルモンに注ぎ込まれるのを感じる。そしてギルモンは、デビドラモンに向かって駆けた。
 速い。普段のギルモンのスピードとは段違いだ。これがカードスラッシュの効果なんだと実感する。
 ルキのアドバイスを思い出す。バトルの基本はコンボ。複数のカードを組み合わせて、効果を2倍3倍に跳ね上げるのがポイントだ。
 今のギルモンは、スピードではデビドラモンを上回っている。これに加えて、空中戦もこなせれば。
「カードスラッシュ! 白い羽!」
 ギルモンの背に光の翼が生まれる。それを羽ばたかせ、ギルモンは飛んだ。
 高速飛行するギルモンが、デビドラモンに体当たりをかける。驚いて動きを止めたデビドラモンだが、防ぐこともよけることもできず、ギルモンに吹き飛ばされた。
「やった!」
 タカトはガッツポーズを取った。これなら勝てる! ボクとギルモンが力を合わせれば、デビドラモンにでも勝てる!
 その喜びは、すぐに消えた。
 デビドラモンは空中でふんばり、さらに追撃しようとしたギルモンを腕で薙ぎ払う。
 今度はギルモンが吹っ飛び、アスファルトに叩きつけられた。
「ギルモン!」
 タカトは駆け寄る。ギルモンは生きてる。けど、たった一撃でかなりのダメージを受けていた。
 一方のデビドラモンには、さっきのタックルもさほど効いた様子がない。
 にらまれ、タカトはおびえた。ダメだ、勝てない。
「逃げようギルモン! ほら立って!」
 ギルモンを引っ張り上げようとするが、重くてうまくいかない。
 開かれたギルモンの目を見て、タカトは胸を打たれた。ギルモンの目からは闘志が微塵も消えてない。
「ギルモン、まだ戦える」
「だ、だめだって! ギルモンが死んじゃう!」
「やれるよ、タカト」
 ギルモンは立ち上がり、すぐそばまでせまっていたデビドラモンを見上げた。
 同じく見上げたタカトは、間近で見たその大きさに圧倒される。こんなのとギルモン、戦ってたんだ。
 逃げたい。本能がそう訴えながらも、タカトはデビドラモンから目を離さず、カードホルダーをまさぐり続けた。なにか、なにか使えるカードがあるはずだ。なにか。
 なにも思いつかないままでいるうちに、デビドラモンの爪がうなった。
 タカトは吠えた。

「ジェン、あれ!」
「あれは……デビドラモン!? 面倒な相手だな!」
 しかもデビドラモンは歩道に降りており、街灯にその姿をさらしている。横の道路には普通に車が走っているというのに。これはもう、二重の意味でまずい。
 それでも放っておくわけにはいかない。テリアモンを頭に乗せたジェン(この位置がテリアモンのお気に入りらしい)は、中央公園前の歩道を走った。
 近づくにつれ、デビドラモンのすぐそばに、ギルモンとタカトがいることに気づいた。
「なにやってるんだ! タカトくん、逃げろ!」

 ジェンとほぼ同時期に、ルキも現場に到着しようとしていた。
 人目がありそうなのは面倒だったが、さほど気にはしなかった。短時間で片付けてやれば問題ない。
「デビドラモンか。やれるよね、レナモン」
「ルキの力があれば」
 ルキはうなずく。いくらデビドラモンでも、テイマーさえいなければ、カードスラッシュでなんとかしてみせる。
 レナモンの口調がわずかに変わった。
「ルキ、タカトとギルモンが戦っている。このままではまずい」
「え?」
 近づくと、確かに見えた。デビドラモンに見下ろされ、ただ立ち尽くすギルモンとタカトの姿が。
「あいつ、なにやってんの!」
 叫ぶ声は届かない。
 デビドラモンが爪を振るい、タカトとギルモンを捕らえようとした瞬間、ルキは硬直した。

 そして。
 タカトとジェン、ルキの目に、強烈な光が飛び込んだ。

 思わず目をつぶったタカトは、光が薄れた気配に、ゆっくりと目を開けた。
 目の前には、デビドラモンに勝るとも劣らない大きなデジモンがいた。デビドラモンは怯えたかのように、空中へと飛び上がり、距離を取った。
「グラウモン……」
 昨夜デザインしたばかりの、ギルモンの成熟期の姿だ。でもなんで?
「グオオオォ!」
 グラウモンの咆哮が、タカトの胸に力を呼び起こさせた。
 勝てる。なんの根拠もなく、そう確信する。
「いけー、グラウモン!」
 グラウモンは走った。『白い羽』なしで飛び上がり、デビドラモンに体当たりする。その力はさっきの比ではない。
 吹き飛ばされたデビドラモンは、なんとか態勢を立て直す。だが再び突っ込むグラウモンには、もうさっきのような隙はなかった。デビドラモンも正面から受け止めるしかない。
 2体のデジモンが空中で激突した。大気そのものが揺れたような錯覚を覚える。押し勝ったのは、勢いがついているグラウモンのほうだった。
 デビドラモンを押したまま、グラウモンは地上に向けて急降下した。歩道橋を粉砕し、そのまま道路に突っ込む。すごい音がした。
 フラフラと、デビドラモンが宙に浮かんだ。もうボロボロだった。
 そのデビドラモンに向かって、グラウモンが口を開く。
「エキゾーストフレイム!」
 タカトの考えた必殺技が、炎となってデビドラモンを焼いた。デビドラモンは光の粒子となり、グラウモンに吸い込まれていく。ロード──破れたデジモンのデータを吸収し、経験値としているのだ。
「グオオオォォォ!!」
 グラウモンが勝利の雄叫びを上げた。

 急変した事態に驚きながらも、ジェンはタカトの下へ駆け寄った。
「タカトくん、大丈夫?」
「リーくん!」
 どうやらタカトには怪我はないらしい。
「ごめん、1人で戦わせちゃって」
「いいよ。それより見てよリーくん、これがグラウモンだよ! ボクの考えた、ギルモンの成熟期進化型!」
 ジェンは空を飛んでこちらへと戻ってきた、小山のような大きさのグラウモンを見上げた。ギルモンとは段違いの迫力に、思わず震える。
 そのグラウモンが、タカトを見下ろした。すごい迫力だったが、口から出てきた言葉は、
「タカトー、グラウモンやったよー」
「うんうん! すごいよグラウモン!」
「へへー、グラウモンすごいー」
 ギルモンのときと全く変わってなかった。ジェンはホッとすると同時に、疑問に思う。
「ねえタカトくん。グラウモンは、なんで進化できたの?」
「うーん……わからない。デビドラモンにやられたぁ! って思ったら、いつの間にか進化してた」
「どういうことなんだろな。超進化プラグインも使わずに進化できるなんて」
「ねえジェン、それより早く移動したほうがいーんじゃなーい?」
 テリアモンの言葉に、ジェンはハッとなった。
「そうだね。もういろんな人に見られちゃってるだろうし、急いで離れないとまずい。けど……」
 グラウモンを放っておくわけにはいかないが、じゃあどうするか。このサイズでは、中央公園に隠れるのもきつい。
 と思ったら、グラウモンがまた光った。身体が縮み、ギルモンに戻る。この前のガルゴモンと同じだ。
「よかった! リーくん、行こう!」
「あ、ああ」
 なぜ進化したのか。そして、なぜ進化が永続しないのか。
 わからないことだらけで、ジェンはなんとも落ち着かなかった。

 ルキは戦いの跡地を、公園の木の陰に隠れながら、じっと見つめていた。
 すでにタカトたちはおらず、警察や報道陣、野次馬が近くに集まってきている。今夜のニュース辺りで早速話題になるのだろうか。
「ルキ、もう帰らないか」
 ずっと無言だったレナモンが、声をかけてきた。
「あいつまで進化できた」
「……ああ」
「あいつはカードも下手くそだし、まるで子どもだし。なのになんで」
「ギルモンがあの少年に、なんらかの進化の輝きを感じたのだろう。それ以外の理由は考えられない」
「なによそれ」
 進化の輝きっていうのは、カードバトルの強さとかとはなにも関係ないっていうんだろうか。そんなの、冗談じゃない。ルキが他人に誇れるのはカードバトルの強さだけなのに。
「焦るな、ルキ。私もルキに、その輝きを見た。だから来たんだ」
「……焦ってなんてない。帰るよ」
 歩きながら、さっきのタカトを思い出していた。そこには嫉妬と同時に、別の感情もあった。
 タカトはデビドラモンを前に、なにもせず棒立ちになっていた。運良くギルモンが進化したからよかったものの、そうじゃなかったら死んでいたかもしれない。
(見てらんない。あいつ、もうちょっと鍛えないと)

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