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zoom RSS ピーク・エンド効果とゲームの評価

<<   作成日時 : 2010/02/17 20:17   >>

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 昨日の本の続きを読んでいると、ピーク・エンド効果という言葉が出てきました。

 これは、なにかをやったとき、特に記憶に残るのは、「一番インパクトの強い出来事」と「最後に起こったこと」の2つである、という意味です。
 で、物事全体に対する感想までもが、この2種類、特に「エンド」のほうの影響を強く受けるのだとか。終わりよければ全て良し、というやつですね。

 またゲームを例えに出しますと、序盤〜中盤はだるくて文句ばっか出てたゲームでも、終盤の展開さえよければ、最終的には神ゲーとして評価されることがあります。
 こういうゲームの場合、かったるい序盤の時点でやめると、それ相応の評価にしかなりません。で、そういう人間がうかつな感想を書くと、「最後までやってから評価しろよカス」VS「こっちはそこまで暇じゃねーんだよ糞ニート。最初から面白くしろや」という、心温まる争いが勃発するわけです。

 過去が往々にして美化され、「昔はよかった」「最近の若いもんは」となるのも、これでしょう。特にインパクトの強かった出来事、すなわちピークの記憶ばかりが残っていて、それが全体に対する評価になっちゃってるという。

 ゲームで言えば、昔もクソゲーはいっぱい出てましたし、長く遊べる=良ゲーという評価で言うならば、ファミコン時代のアクションゲームなんかは数時間遊べばクリアというのも当たり前だったわけです。
 しかし過去の記憶の世界においては、そういった細かい情報は全部除外され、特に面白かった記憶のみが代表者面して出て来るために、実情以上に高く評価されがちなわけです。

☆★☆★☆

 僕がゲームを遊んだ時間を記録しようなどと思ったのも、こういういい加減な記憶よりも、実際に遊んだ時間の長さこそが、ゲームの評価を表す上では最も適切なデータなんじゃないか、と考えたからです。いや、そんな理由じゃなかったかもしれませんが、それこそ記憶にありません。

 で、この記録を見ると、僕が今まで遊んだ中で最もハマったゲームは真・三國無双2である、というのが揺るがぬ結論になるはずです。
 なにせ三國無双2は、675時間もプレイしています。2位のガンパレとの差は250時間。この遊んだ時間の長さの差が、そのままゲーム自体に対する評価の差であると考えるのが妥当でしょう。

 ところが、実際には僕の主観的評価によるベストゲームはガンパレのほうであり、三國無双2は2位になります。
 これもおそらく、両者の評価がピーク時の記憶によって比較されているからでしょう。ガンパレに最もハマってた時期の思い出と、無双2のそれとを比べると、ガンパレのほうがずっと熱い。実際にはガンパレのほうが250時間も早く飽きているのに、記憶の中の評価では違うわけです。

 ゲーム――に限りませんが、まあゲームの評価なんてのはこんなものなので、他人の評価はおろか、自分自身の意見でさえ、あまり信用できません。
 VCでファミコン時代のゲームとかやると、それがよくわかります。俺、小学生の頃はこんなのにハマってたの? と不思議に思ったり。

☆★☆★☆

 過去の名作が大胆なアレンジを加えてリメイクされるという話が出ると、「余計なことすんな。思い出が汚れる」という意見が必ず出てきます。
 僕は前から、この理屈が不思議でした。たとえリメイクが糞だったとしても、昔遊んだときの楽しい記憶はそのまま残るだろうに、なんで「思い出が汚れる」なんて話になるんだ、と。

 でもこれも、おそらくはエンド効果が関わっているんでしょうね。
 同一タイトルのリメイク版を遊んでしまうと、その記憶がこのタイトルに関する最後の記憶になってしまう。で、それが不快な記憶であった場合、そのタイトルそのものの記憶までもが不快なものとして定着してしまう、と。そう考えると納得がいきます。

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