支配はブチ切れて全否定する

 先日、『SHIROBAKO』を12話まで見直したわけですが、おー、タローって支配者だったんだなーと、大嶋先生の本を読んでから見直したがゆえの感想をいだきました。
 基本、フィクションのキャラが完全な意味での支配者として描かれることはあまりなく、タローについてもそこはそうなんですが、それでもかなり支配者率は高いです。
 タローのモデルは昔の水島監督だと本人がおっしゃってるそうですが、水島監督は支配者ではないので、おそらくは過去にやらかしちゃった自分をフィクションのキャラとして再構成した結果、見事に支配者的なキャラが出来上がったのでは? と思います。

 例えば、支配者は内省をしない(できない)わけですが、なんせタローは、本当に内省をしない。支配者でも内省しているふりぐらいは見せることもあるのに、タローはもう見事なまでにしない。強がってるけど裏では実は内省している、みたいな気配も全くない。
 ここらへん、例えば平岡は対比としてわかりやすい、「支配を喰らって歪んじゃった虚無」なんですね。周りに辺り散らかしてるのは、結局のところ、自分の中の歪みを持て余してるからだっていう。
 その平岡が、支配から抜け出す最大の要因がおそらくはタローなわけで、ここらへんはタローが支配者であるならあり得ない展開なんですが、まあそこはフィクションなので。

 そんなタローの支配者らしさが最も発揮されてるのは、おそらく視聴者のタローに対するヘイトが最も高まっていたであろう、4~5話の遠藤事件ですね。
 んでもって、5話の最初のところで、タローが宮森相手に理不尽にキレるシーンと、それを宮森がほぼ完璧にキレ返して全否定するくだりなんかは、支配対策の基本にして奥義になっとるなー、と今回感心したわけです。
 以下、当該シーンを引用。

タ「見てたんなら、なんで遠藤さんを止めてくんないんだ!」
宮「あ。あの、昨日の電話って・・・」
タ「そうだよ! なんでもっと真剣に俺の話聞いてくんなかったんだよー!」
宮「そんな話してなかったじゃないですかー!」
タ「(ちょい怯んでから)お前のせいだ!」
宮「私のせいですか!?」
タ「・・・いや、半分くらいはキミの・・・」
宮「半分?」
タ「三割くらいはあなたの・・・」
宮「三割ぃ?」
タ「じゃあ、一割くらいお嬢様の」
宮「一割もないですお嬢様でもないです」


 ポイントは、

1. 支配者からの責めは、どんなにわずかでも真に受ける必要は全くない
2. キレて全否定すればいい

 って、ことですね。
 が、現実にはこれがなかなか難しい。作中の宮森は見事にキレて切り捨ててますが、人によっては「自分が昨日ちゃんと電話で応対してればこんなことにはならなかったかも」とか、「なにかおかしいと感じてたのになにもしなかったんだから、確かに自分にも責任があるのかも」みたく、呑まれちゃうことがあると思います。

 盗人にも五分の理、と言いますが、支配者の言葉も同様です。
 上の例なんかはかなりわかりやすくタローに非がありますが、実際には支配者は正論や綺麗事を好み、それでもって他者を責める(支配しようとしてくる)ことが多いんで、ついつい五分の理を認めてしまいがちです。
 その理をフラットに認めて捌く(こっちが内省する等)、というのも一つの支配者対策ではありますが、やはり一番の基本にして奥義は、「支配者には一分の理もない!」と全否定しちゃうことでしょうね。

 てことで、キレるのは大事です。
「怒るのは悪! 事を荒立てないのが正義!」とされがちなのが日本の文化な気がしますが、それもまた支配者の理屈に過ぎないので、全否定しましょう! 怒り、キレて、事を荒立てるのです。
 というか、キッチリバッサリキレて切れれば、多分事が荒立つ前に、問題そのものが消え去ることが多いと思います(相手が支配者の場合は。支配されてる虚無相手だと、こじれるパターンも多い。SHIROBAKOの作中だと、平岡とか遠藤さんとか)。

 そうは言ってもなかなかできないよ、という場合は、とりあえず脳内でキレるという手があるかと思います。
 過去のことでも、未だに罪悪感やらなんやらが記憶にこびりついている場合は、それすなわち支配されてる証なわけですから、「私が悪いわけないだろふざけんな!」と脳内でキレるのです。そこで脳内の支配者がまたなんか言ってきたら、キレて全否定するのです。