elona plus から生まれたスクリプト(催眠の文章)

大嶋先生の新刊が発売されました。

無意識さん、催眠を教えて - 大嶋信頼
無意識さん、催眠を教えて - 大嶋信頼

ここに書かれていたやり方に則って、スクリプトを一つ書いてみます。
てことで、この後に催眠の文章が出てくるので、そういうのを読みたくない人は、ここで引き返してください。

紹介されていたスクリプトの書き方は2種類でしたが、今回はそのうちの、「客観的なデータを30個集めてみる」を使いました。
なんに関するデータかというと、ちょうど先日第3部までクリアした、elona plusについてです。
集めたデータは以下。

1. 34歳
2. 168cm
3. 37kg
4. INITは346/70
5. APは114(14900)
6. Lv161
7. 経験値3145638
8. エヘカトルを信仰
9. 戦士ギルドに所属
10. 素の筋力は385
11. 耐久417
12. 器用360
13. 感覚417
14 習得400
15. 意志322
16. 魔力313
17. 魅力359
18. 荷車重量は24.0s
19. 荷車限界は100.0s
20. 装備重量は27.7sで、中装備
21. ターンは377410
22. 総時間は287時間2分26秒
23. HPは32466
24. MP 10954
25. 生命力226
26. マナ93
27. 狂気度0
28. 速度1223
29. 名声213758
30. カルマ20

elonaプレイヤーならご存知の通り、キャラクターシートに載っているデータです。
そりゃ客観的なデータには違いないけど、こんなの集めてどうなるんだ? と思いつつ、とりあえず30個、集めてみました。

実際、これを集め終えた時点では、特になんのイメージも浮かんできません。
スクリプトを書く上では、こうしてデータを集めたときに浮かんだメタファーを物語に入れることがコツ、とあったので、なにも浮かんでこないのは困ります。

で、これは本のほうに書いてたかは覚えてないんですが、データをただ集めるだけじゃなく、それを頭の中で反芻することも大事だと、大嶋先生のブログには書いていました。
てことで、上の項目を1から順に、頭の中で繰り返し読んでみました。

2周か3周ほどしたところで、不意に浮かんだのが、『「限界のなさ」への恐怖』というフレーズです。
そう、今の私はストーリーをクリアして、目標がなくなってやる気も薄れていたんですが、それは実はやる気が薄れていたんじゃなくて、「この先なんでもできる」ということへの恐怖感があったのかもしれないな、と気付かされました。

さて、ということで、この『「限界のなさ」への恐怖』というメタファーを入れた上で、思いつくままに書いてみたスクリプトが、以下になります。

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どこまでも行ける、限界がない、てのは、怖いことでもあります。
むしろ、限界があったほうが、人は安心できるのかもしれない。
例えば、ビジネスでお金を使う際も、「ここまでだったら損をしてもいい」って予めわかっていたほうがやりやすい、と言います。
そう、限界は人を縛るようでいて、実は人を守るものでもある。
そして限界があるからこそ、人はその中で自由に動ける。
自転車の補助輪がなかったら、自転車に乗れずに終わる人は多くなるのかもしれません。
けれど補助輪があるから、まずは「自転車で走る楽しさ」を誰もが簡単に体験することができて、それからその先へ、補助輪のない世界をめざしてみよう、と思えるのでは? という気がするんです。
そう、限界は悪いものではない。
そして、その限界の中の世界を十分に楽しんだのなら、限界を一つ外して、さらに先へ行けばいい。
そう、最初から無限の世界へ飛び出す必要なんて、ないのかもしれません。
なんでもできる自由、いくらでも広がる世界、というものに億劫さを感じるのは、そのしんどさ、つらさを無意識に感じ取っているからかもしれない。
だから、不自由でいいんです。
限界があっていいんです。
その限界の中でも、人は十分に楽しむことができる。
その楽しさで十分だったら、ずっとそこにいてもいい。
それで物足りないのなら、限界を少しずつ超えていけばいい。
そう、結局は、今があるだけ。
すでに過ぎ去った過去や、未来に広がっている限界ではなく、今、楽しいかどうか。
今に物足りなさを感じているのなら、なにか、限界を一つ取り除いて、世界を広げてみるといいのかもしれない。
積み重ねてきた膨大な数字も、もしも最初からその数字を目標にしていたら、到底達成する気にはなれなかったかもしれない。
でも、ただ「今」を楽しんできた、その積み重ねが、結果としてすごい数字になっていて、そんな数字を積み重ねてきた自分のことを、結構やるじゃん、と思えたりするんです。
そう、その数字自体は、目的にしなくてもいい。
ただ、今不自由さを感じていても、なにが限界になっているのかわからない、ということもあるかもしれません。
そういうときは、なんでもいいから、一つ、進めてみるといいのかもしれない。
補助輪を外し、自転車に乗れるようになった子どもは、そのまま近所を自転車で走り回るのかもしれないし、隣町まで行こうとするのかもしれない。
あるいはいつか、日本一周を目指したり、自転車のレースに出たりするのかもしれない。
自転車をきっかけにバイクに興味を持ったり、もっと全然別の方向へ行くのかもしれない。
そう、無限とはきっと、そういうこと。
だから、世界に終わりなんてないから、安心して限界の中で「今」を楽しめば大丈夫なんです。