エヴァ破 いまさら見た感想

 ツタヤの宅配レンタルサービスに試しに登録してみたので、ずっと見損ねていたエヴァ破をレンタルしてみました。

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 人にはそれぞれ、見えるものと見えないものとがあります。物理的なもののことではなく、心理的な話です。

 たとえば、ベストセラー作品(ジャンルはなんでもよし)に対し、「これのどこが面白いのかさっぱりわかりません」という感想を言う人は必ずいます。
 そういうことを言ってる人間は少なからず、「なんでこんなつまんないのをみんな褒めてるの? 馬鹿じゃねえの?」と考えているような気がします。僕の思い込みかもしれませんが、純粋に「わからない」という疑問だけを抱いている人間は、あまりいないんじゃないかと。人間、どう転んでも他人の目は気になるものですから、特定の作品に対する感想が自分と他人とで大きく異なれば、いろいろと心乱されもするでしょう。

 ただ大ヒット作品の価値が自分には理解できないからといって、「みんな馬鹿だからこんなくだらない作品を評価してるんだ」などと、あたかも自分は愚民どもと違って物をちゃんと見る目を持ってるんですよ的な解釈で済ませるのは、それこそただの馬鹿でしょう。
 なにかを理解できないというのは、文字通り「できない」のであり、ただの欠陥、無能の表れでしかありません。「野球をうまくプレイできない人」を「野球の才能がない人」と呼ぶように、「○○の面白さが理解できない人」は「○○の面白さを理解する才能がない人」でしかないのです。

 さらに言えば、「野球の才能がない人」が人間として下等であるなんてことがないように、「○○の面白さが理解できない人」も、それを理由に人として馬鹿にされるいわれはどこにもありません。その「○○」が大ヒット作品だろうが、マニアがみんな絶賛している作品であろうが、なんであろうが、です。

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 という前置きから、まあおわかりでしょうが、僕にはどうも「エヴァンゲリオンの面白さを理解する才能」がないようだと、今回エヴァ破を見て改めてわかりました。
 なんで改めてかというと、そもそも15年前のテレビ版の本放送時から、「なんか世の中ではこの作品が話題になってるらしいけど、どこがそんなにすごいんだろう」と思い続けていたりするからです。その後に公開された、世の中のオタク全員を怒らせたと言われてたり言われてなかったりする旧劇場版についても、なにがそんなに衝撃的だったんだろう、とやはりさっぱり理解できずにいました。

 ただ微妙なのは、テレビ版にせよその後の劇場版にせよ、ついさっき見終えたエヴァ破にせよ、決してつまらなくはなかったことです。むしろ、普通に面白い。
 問題は、僕にとってエヴァンゲリオンという作品は、どれを取っても「普通に面白い」作品にしかならないということです。15年前、そしてつい最近も世の中をあれだけ騒がせて熱狂させたエヴァの真髄というやつが、さっぱり理解できない。エヴァに惹かれるとか反発するとかいうレベル以前に、そもそもみんなどこに惹かれるのか、あるいはどこに反発するのかがまるで見えていない。

 さらに話を拡大させて考えると、エヴァに限らず、僕が本気で熱狂したアニメってなにかあっただろうかというと、これが1つも思いつかなかったりします。
 好きなアニメはいろいろありますし、それなりに思い入れている作品もある。とりあえず僕の中のランキングでは、ミスター味っ子が世界最高のアニメということになってもいる。でもその味っ子にしたところで、本当に心の底から感動したのか、しびれたのか、世界最高だと思っているのかというと、ぶっちゃけそこまでは断言できませんと言わざるを得ない、その程度の評価でしかありません。

 だから多分、僕に欠けている才能はエヴァがどうのというんじゃなくて、「アニメに心底から惚れ込む才能」なんでしょう。その才能――感受性と言い換えてもいいですが、それがないことが、エヴァという作品になんらかの強烈な感情を抱けない根源的な理由なんじゃないかと。
 あるいはアニメに限らず、なにかに心底惚れ込むということ自体ができないのかもしれませんが、そこまで自分の無能さを断言してしまうのも乱暴な気がするので、とりあえず置いておきます。

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 そういう才能のない僕が、エヴァ破の中身について具体的に語れることはあまりありません。
 ただちょっと思ったのは、この物語はアニメというジャンルではなく、むしろ小説として書いてくれたほうが僕は楽しめるんじゃないか、ということです。

 なんというか、尺が足りてないなと、見てて漠然と感じたのです。かといってテレビシリーズにすればそれでいいのかというと、それでもまだ足りないような気がしました。
 で、足りてないのはそもそも尺ではなく、アニメというジャンルそのものの表現可能な情報量および情報の質ではないのかと思ったわけです。

 アニメというのは、動く絵があって、声優の演技があって、音楽があって、映像をどう見せるかという演出があって成り立っている表現のジャンルです。
 このジャンルは、実はエヴァンゲリオンという作品の魅力を表現するのにはあんまり向いてないのではないか、などと感じたのです。

 無論、この感覚は間違いです。現にエヴァがアニメとして騒がれまくっている以上、アニメというジャンルの選択そのものが間違っていた、などということはあり得ません。
 なので正確に言うと、僕にはアニメというジャンルで表現されてもエヴァの真髄が見えないけれど、小説という形で表現されたらひょっとすると理解できるかもしれない、ということです。

 これは推測ですが、エヴァをエヴァたらしめている要素の核は、アクションシーンでもキャラクターの外見でも様々な設定でもなく、登場人物の心でしょう。
 で、僕の目ではアニメという形でエヴァを見ても、登場人物の心の機微が感じられない、見えてこない。だから小説という形で、言葉をたっぷり使ってじっくりねっとりとそこらへんを描いてくれたほうが、僕にとってはわかりやすいんじゃないかなあと思うのです。

 ……ま、こういう物言い自体が、まさに僕の才能のなさをよく表してはいます。「実際の野球やっても身体がついてかないからパワプロにしようぜ」と言ってるようなもんですから。

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