マキアヴェッリズム

 いきなりですが、名言を書きます。
 なぜ名言かというと、『マキアヴェッリ語録』を読んで、「えーこと書いてるなあ」と思ったからです。せっかくだから、感銘を受けた言葉とかを、メモ代わりにブログに書いておこうかと。読む人にとっても、「今日のアスカは5階で死にました」みたいな本人以外どうでもいい文章読まされるよりは、名言のほうが少しは役に立つかもしれませんし。
 とはいえ、ここで取り上げる名言はマキアヴェッリが書いた言葉そのままではなく、僕が適当にアレンジしたものです。なんか、ただ引用しただけだと、なにかに負けた気がするので。決して原文探すのが面倒くさいからとか、そういうことではありません。
 さて、本日の名言は2つ。

「正義を貫くには力が不可欠である」
「人間は、正義に見えるものに力を貸したがる」

 前者はどこででも目にするような言葉ですね。マンガとかでも、カッコいい敵役やら師匠役やらがよく口にしてます。かのネギまの中にすら、同趣旨の言葉が登場します。
 一応解説をしておくと、そもそも「正義」なんてものは大抵の人間が持っているもんです。テロリストだって、自分の行動が正義だと思ってるからこそ、テロとかできるんでしょうし。「悪いと思いつつやってしまう」という場合を除けば、人間みんなそれぞれの正義を抱えて行動しているわけです。
 つまり、言ってしまえば誰もが正義である。しかし「俺が正義だ!」と世に言い張って、それをやり通すためには、ある程度の力が必要になります。これについての具体例は不要でしょう。

 ただ、最初の言葉だけだと、「じゃあ力があればなにしてもいいんだね?」という勘違いを生みかねません。ていうか、マンガとかの二流の悪役辺りがよくやってる勘違いです。
 そこで2つめの言葉です。
 上述したように、人間は基本的に、誰もが自分なりの正義を胸に行動しています。ということで、他人に協力するにしても、そこに正義が見出されなければ尻込みします。
 ですので、他人の協力を得ようと思えば、自分は彼らが共感できる「正義の味方」である、ということを示さねばなりません。たとえ腹の中にはどす黒いモノがうごめいていたとしても、表向きは正義の味方であらねばならないのです。でないと他人は、喜んでこちらに協力してくれません。
 この理屈より、力があればなにをしてもいい、という意見は却下になります。一時的に力を持っても、それでもって間違ってる(と大勢が思う)ことをしてしまえば、あっという間に支持を失って力も減り、ひいては滅亡につながるわけですから。

 ここからコードギアスやデスノートの話につなげようかと思って、ふと気づきました。在宅仕事で、他人とろくに関わらずに生きてる俺が、こんな教訓学んでなんになるんだ?
 虚無の深淵に陥りそうなので早々に終わります。うーむ、名言だけポーンと放り出して、解説とか入れないほうがよかったかな。

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