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<<   作成日時 : 2010/11/28 19:05   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 1 / コメント 0



 この本――以前紹介したやつの続編を、今読んでいます。

 この中に、イケア効果なるものの説明があります。
 簡単に言えば、人間は自分自身で作ったものの価値を過大評価する傾向がある、というものです。ここでいう「もの」とは、物理的なものに留まらず、アイデア等も指します。

 それ自体は、まあそうだろうねという程度の感想だったのですが、1つ気になることがありました。
 このイケア効果は、作ってる途中で投げ出したものに関しては適用されないそうなのです。それまでどれだけ苦労して作っていても、途中でやめてしまえば、本人にとってはなんの価値もないものになるのだとか。

☆★☆★☆

 僕はゲームについて、「楽しんでいる過程が全て。飽きたら途中でもやめるべき」というスタンスを取ってきました。
 が、最近はこのスタンスに多少の疑問を感じています。近頃、ゲームに満足する機会が少なくなっているのは、いろんなゲームに手を出しているくせに、ほとんど最後まで遊ばずに途中でやめてばかりいるからではないのか。だから満足感を覚えられず、無駄な時間を費やしたという不毛さばかりが積み重なっているのではないか、と。

 以前、Wii版のテイルズオブグレイセスを遊んだときは、この辺りのことを多少意識していました
 正直言って、このゲームが無茶苦茶面白かったとは思いません。ただ、少なくともそれなり以上に楽しいゲームではあったので、じゃあきちんとクリアしてみようか、とは考えていたのです。他のゲームへの浮気も意識的に慎み、エンディングを見るまではなるべくこのゲーム1本を遊ぶ、と心がけていました。

 結果、無事にクリアでき、グレイセスというゲームへの思い入れも強まっています。
 客観的に見れば、グレイセスが他のテイルズシリーズと比べてことさら優れているということは、おそらくないでしょう。にも関わらず、僕の中では(同じく昔クリアした)テイルズオブエターニアと同程度に評価が高い。これもやはり、最後まで遊んだという行為そのものがイケア効果として作用し、僕の中での評価を高めているのではないかと思うのです。

☆★☆★☆

 物事は最後までやり遂げないと満足感を得られない、という理屈はよく聞きます。
 それに対して僕は「本当に面白ければ、意識しなくても最後までやるだろ。意識しないとやり遂げられないようなものは、その程度の価値しかないということだ」と考えてきました。

 ただ、実際はそうでもないのかもな、と今は思いつつあります。
 面白いから最後までやるのか、最後までやるから面白いと感じるのか。鶏が先か、卵が先か、みたいな話ではあります。

 でもちょっと記憶をひっくり返してみる限り、少なくとも最後まで遊んだ(=エンディングを見た)ゲームについて、「やるんじゃなかった」「時間を無駄にした」と思ったことはないような気がします。
 もちろん、クリアしたゲームであっても、評価はものによってまちまちですし、「本当に面白ければ自然と最後まで遊ぶ」という考え方も間違いだとは思いません。けれど、面白さやら満足感やらを積極的に得たいと望むのであれば、多少我慢してでもクリアをめざす、最後までやり通すというスタンスはありなのかもしれないな、とも思うのです。

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