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zoom RSS 惰性で遊ぶことはある。あるけども

<<   作成日時 : 2010/07/11 21:06   >>

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 アメとムチで人を働かせるモチベーション2.0は古い! これからは個々人の中からわき上がる意欲を生かすモチベーション3.0の時代だ! と主張している本です。

 以前も書いたように、ゲームにおけるクエストというやつが僕はあまり好きではありません。
 この本を読んで、クエストがなぜ嫌いなのかという新たな理由が追加できたと同時に、僕個人の好みの問題に限らず、クエストというやつをゲームに盛り込むのは本質的に危険なんじゃないかとすら思いました。

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 まず第一に、趣味でやってるときは楽しいことも、報酬がもらえるという話になっちゃうとかえって萎えるという現象が本書では紹介されています。
 クエストというやつが嫌な理由はこれで、要するにゲームプレイがごほうび目当ての作業になっちゃうわけですね。同様の理屈で言えば、マルチエンディングのゲームにおいて、見たことのないエンディングを見るためだけに、すでに何度もクリアした箇所を繰り返し遊ぶとかいうのも、同じ意味での作業になります。

 また本書では、内からわき上がるモチベーションを生み出すために必要な要素として、自律性・熟達・目的の3つを挙げており、その視点から言えることもあります。

 繰り返し雑魚敵と戦うのも、次の目的地へ行く途中の戦闘だったり、あるいはレベル上げのために意識的に戦ったりしている場合は、そう気にならないものです。
 しかしクエストという形で「○○を5匹倒せ」みたいに言われて戦い始めると、途端に「やらされている感」がわいてきます。無事目標のモンスターを狩り終えたときには、あー終わった終わった、面倒な仕事が片付いた、という気分になりがちです。

 熟達――すなわち自分自身の能力を伸ばすのが楽しいんだという視点から見ても、クエストには問題があります。
 たとえばクエストでも、「魔王を1体倒せ」みたいな難易度の高いものであれば、楽しい挑戦になり得ます。しかし多くのクエストは、同じモンスターを○体倒せとか、アイテムを○個持ってこいなどといったものです。要するに同じ課題を何度もクリアしろという話であり、これでは挑戦でもなんでもない、ただの作業でしかありません。

 最後の「目的」は、どんな目的でもいいというわけではなく、自分自身やりがいを感じることのできるものに限定されます。
 これについては個人差があるかもしれません。クエストのごほうび(アイテムや金)を得ることにやりがいを感じる人はあまりいない気がしますが、用意されたクエストをクリアしたという事実そのものや、クエストリストに1つずつチェックがついていくことにはやりがいを感じる可能性があります。

 でもこの場合大事なのは、プレイヤーにとって楽しいのはクエストそのものではなく、クエストを片付けたという感覚であるということです。
 そんなときに、新たに3000個のクエストを追加しますなんて言われたらどういう気分になるんでしょうね。片付ける対象が3000個増えたと喜ぶのか、あるいは萎えるのか。

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 まとめると、クエストという代物をゲームに導入することが危険な最大の理由は、プレイヤーに「ゲームを遊んでいる」感覚ではなく、「やらされている」という思いを抱かせるところにあります。
 昔のゲームにおいても、メインストーリーの中で、「○○を東の村まで持っていけ」的なお使いストーリーは多くあり、非難の対象になっていました(今もあります)。クエストはそれを定式化したものであり、だからこそより厄介です。

 報酬目当てに働かせると、最初はみんな頑張るけど、やがて力尽きる、というのがこの本の主張です。
 この事例に該当する個人的な思い出として、暴れん坊プリンセスのクリア後のバトルモードがあります。

 暴プリは本編の戦闘は簡単ですが、クリア後のバトルには何段階もの難易度が用意されており、非常にやりごたえがありました。
 かれこれ20年以上ゲームを遊んできた中で比較しても、このバトルは僕のゲーム体験における屈指の面白さであったと断言できます。

 が、結局最高の難易度には挑戦せずにやめました。
 なぜかというと、このバトルモードでは一定の難易度をクリアするたびに、特別なムービーなどといったごほうびがもらえるんです。で、最高難易度に達する前にごほうびを全部集めてしまったんで、もうこれ以上やる必要はないかな、という気になってしまったのです。

 ごほうび目当てで頑張ると、ごほうびがなくなった途端に力尽きる。あるいは、面白いゲームもごほうびが用意されると単なる仕事になる(=ごほうびが出ないならやらないという発想になる)という好例でした。

 クエストでもってプレイヤーを遊ばせようとする試みも同様であり、結局はゲームに対するプレイヤーの興味そのものを早めに失わせてしまうことになるんじゃないでしょうか。
 まあ、報酬には中毒性があるそうなので、プレイヤーが楽しんでいるかどうかなんて関係ない、惰性でもいいからともかく長時間遊ばせればいいんだという話であれば、クエストにも一定の価値があるのかもしれません。作り手が稼ぐ上で意味のある価値であり、遊ぶ側にとっての価値ではありませんけどね。

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2010/07/12 19:15

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